2012年10月10日水曜日

気楽に行こう

 

                            2012年3月8日 何もなくなった陸中山田駅・・・ ↑


 ノーベル賞を受賞した京大の山中伸弥教授が、NHK-TVのクローズアップ現代で国谷裕子氏の「どのようにプレッシャーに対応しているか」といったことを尋ねられたら、「ビリージョエルの『プレッシャー』を聴きながら・・・」と答えていた。
 どこまで本気なのかわからないけれど、面白い人柄だ。当たり前だが、ノーベル受賞者だって音楽を聴く・・・。・・・そして、音楽はいつも人をどこかにいざなう。人の想像力を膨らませ、和ませ、励ましてくれる。

 ここ3日ほど、僕はビリー・ジョエルの『プレッシャー』より、ずっとわかりやすい曲を聴いている。高石ともやの『気楽に行こう』という曲だ。
 久しぶりにネットサーフィンをしていたら、京都新聞のWEB版に高石ともやと彼の奥さんの記事が出ていた。ガンを患った奥さんのために家族みんなが少し生き方を変えた・・・という内容の「命ときめく日に」という記事だった。http://www.kyoto-np.co.jp/info/syakai/inochi/20081120.html

 この記事を見ているうちに、YOUTUBEで彼の『気楽に行こう』という歌に出会った。
 
 
「喜びの朝もある 涙の夜もある
 長い人生ならさあ陽気に行こう
 陽気に行こう どんな時でも
          陽気に行こう
 苦しい事は  解ってるのさ  
       さあ陽気に行こう」

 もともとはカントリーの曲だそうで、明るいリズミカルなテンポで歌われている。
 気付くと、背景には3.11以降の東北の人々が写っている。
 
  
 高石ともやが、東北の人々へ        
↑ 2012年6月21日 旧大槌町役場        のメッセージソングとして新しく
                                歌っていたらしい。 単純! 明快!
                                 高石ともやって、まだがんばってるんだ・・・
                                解りやすくて、まだ一本気な人なんだ、僕が大阪で一緒に歩いた45年前と基本的にちっとも変わらない人間味のある、あの声で。
           http://www.youtube.com/watch?v=r4tsTpxwDIg&noredirect=1
         
 何度か高石ともやの歌を聴いていたら、外国の音楽映像もあった。女性3人と女の子・・・ギターと何よりもバイオリンの音色がいい! "Keep on Sunny Side" というのが英語のタイトルらしい。
聞き惚れていたら、なんと、途中で高石ともやが訳詩した日本語で歌ってるではないか!
         http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=o4Yg6vx6zYE&feature=fvwp
海の向こうから東北の人たちへの応援歌らしい。
そうなんだ、歌に国境は無い・・・・・・
 当たり前のことなんだけど、こんなに身近に
歌を感じたのは久しぶりだった。

気楽に行こう!
Keep on Sunny Side!

 大変なことは私が言える立場でもないけど、
震災や原発で苦しんでいる方たち、みんな・・・
へこたれないでほしい・・・・・・

      2012年1月27日 気仙沼・復興市場↑
 

 
 

2012年6月11日月曜日

絹さや (さやえんどう)

私の母は90歳になった。
いま、沼津で兄の家族と住んでいるが、私が行っても、私を息子だと思い出さなくなってきた。
昔から穏やかな人だったが、私が小学1,2年の時、友達の悪口を母に話したら、「他人の悪口を言うもんじゃない」とひどく叱られた。私は小さい時からそんな母にまとわりつき、台所が好きだった。その母が私に会っても、私のことを思い出さなくなったのはやはりつらい。



先日、恵那市中野方の直売所で買ってきた「絹さや(さやえんどう)」を料理していて、ふと母のやり方を守っている自分に気がついた。
さやの端を小さくちぎって背中のスジ繊維を取り除く……。少し大きめのさやだと、反対側の小さく曲がった先もちょっとちぎって、さやの縁のスジをとっていく。幼稚園の頃から母に教わったやり方だ。
台所の横の畳の上に新聞紙を広げて、母とふたりでお喋りしながらやったものだ。
改めて考えてみると、掃除の時のごみ取りの動かし方、洗濯の石鹸の付け方、手紙の開封の仕方……いろんなことが、小さい時に母から教わったままだ。

そんなことを思い出しながら絹さやのスジをとっていると、少しむきになってやっている自分自身に気がついた。
一生懸命とっていると、遠く離れた母が元気になって、私のことを想い出してくれるような気がして……。

植物もきっちり生きている!

今年も「緑のカーテン」に挑戦している。
 今年はゴ―ヤとトーガンと朝顔。簡単に作れそうだが、昨年は植え付けが遅すぎたのと、プランターが小さく土が乾燥気味で、ゴ―ヤが一つしかとれない貧弱なカーテンだった。今年こそは・・・と、事務所の前にプランターを並べて再挑戦している。
 この土・日曜日は気分転換に、部屋の縁に座って眺めていると、見ている間に植物のひげが伸びていくのが分かった。<そんなに早いのかな>と思い、半信半疑で写真に撮ってみた。

 まずトーガン。


 左から、午前10時42分、11時25分、12時59分、午後5時19分、翌日の午前8時39分。
 最初は1分毎でもはっきり分かる。しめた!と、次にゴ―ヤのつるから伸びたひげを撮影した。


 
 
 
 
 これも左から、午前11時32分、午後1時ちょうど、3時4分、5時20分、翌日の午後6時26分。
 ただ巻きつくだけではなく、よじったり、反転する。相手に充分巻きついたら、仕上げに自分のつるをコイルのようにくるくると巻いていく。すると、それに引っ張られて自分の茎がしっかり立ち上がる!

 恐るべし、プランターの中のトーガンとゴ―ヤ。きっちり生きている。

2012年4月3日火曜日

環境を視る眼……大阪の教師たちを応援する立場から

飯田哲也氏(環境エネルギー政策研究所長)が橋下徹大阪市長の特別顧問を務めていることが、脱原発などの環境問題に取組んでいる多くの人たちから批判されている。
橋下市長(右似顔?絵)は市役所職員の思想調査をしたり、これまで教育委員会が作っていた教育方針を、市長や知事が決めるようにして、職務命令違反が2回で指導研修、その後は停職、と自分の言うことをきかない教師や職員を脅している。教師や職員に国歌の起立斉唱を強要して、職務命令どおり歌っているかどうか、教頭たちに口元を調べさせることまでしている。
人権を無視した思想統制のような教育現場で、教師たちが萎縮して、のびのびした子どもたちを育てられる状況は到底期待できない。職員たちも市民や地域のことよりも、市長や管理職の顔色をうかがうことになってしまうだろう。
閉そく感のある時代には、橋下市長に代表される剛腕なリーダーを人々が求めやすくなる傾向があるとはいえ、脱原発のリーダーの一人のように言われていた飯田氏も権力にすり寄るのかな? 「お前もか!」という印象を覚えた。過去に聴いた講演やテレビ討論では、態度が大きくズケズケ主張する点は、脱原発で共通する立場の私には、人柄は別にして、頼もしくも感じられた。

ただ、脱原発やエネルギー問題で方向が一致しても、人としての尊厳や権利を無視するような橋下氏の政策ブレーンにまでなるだろうか、と思い、ひととおり彼のツイッターやホームページ等を調べてみた。彼が代表をしている環境エネルギー政策研究所のホームページ等では橋下氏のことに関して直接話しているビデオや文章は見つからず、確認できたのは、彼がツイッターで橋下氏を絶賛していることとか、現に橋下氏の特別顧問をしていること等だった。
<大阪市の公的資料では橋下市長になってから僅か3ヶ月だけれど、市長の特別顧問が16人、参与も入れると50人になった(平松前市長時代は特別顧問3人)。その人たちの報酬は一気に2倍以上に増額して、2万~5万円台が支給されている(逆に平成24年度から職員給与は平均7%減額)>

飯田氏は環境エネルギー政策研究所など多くの仕事をしているので、橋下氏の特別顧問は関西電力との交渉における助言など、限られた範囲だろうと推察する。とにかく忙しい方で本年2月3日には「省エネ法の改正案に関する要望書」を気候ネットワーク、グリーンピース・ジャパン、WWWジャパンなどと共同で政府に提出されたりしている。
今、日本のエネルギー政策は大きな転換点に差し掛かっている。脱原発が実現するかどうか、小異を超えて、次の時代の国造りを多くの人が考えている。様々な政党や団体、個人が。勿論、橋下市長が率いる「維新の会」も、新しい国のかたちを作ろうとしている。……しかし、どこかおかしい。

 脱原発ならばグリーピースもWWWもみんな一緒?
「3.11」の前は反原発運動は衰退の一途だった。人が集まらず、下北の大間でも六ヶ所村でも反対する人たちが切り崩され、集会すらままならない時代がずっと続いていた。反原発を言いたくても言えず、寡黙になった人たちも少なくない。
ところが「3.11」以降、突然多くの人が脱原発を主張し、あたかも正義我にあり、といった観がする。橋下市長のような人物までもが脱原発を主張している(?)。そして(おそらくは、飯田氏(左似顔絵)のように、エネルギー政策等、何かの政策で一致するので)様々な人が橋下氏の特別顧問に集まったりもしているのだろう。
新しく環境政党を作ろうとしている人たちの中にも橋下市長を迎合する人たちがいる。私がおかしいと感じるのはこの点だ。
人間だから、いろんな考えがある。同じ考えの方が少ないかもしれない。ただ、意見の違いを大切にしても(橋下氏は自分の意見を無理やり認めさせたい人なのだろうが……)、人として最低限共有できていないと困るものもある。基本的人権や人の尊厳だ。

脱原発ならいいのか、自然エネルギーを推進するならいいのか、……グリーンピースもWWWも、自然保護なら問題ないのか。……そうではないはずだ。様々な団体は、その団体が掲げる方針で合致すれば、原則的には共同行動できる。お互いに内政不干渉だろう。……しかし、と思う。個人の選択は別だ。橋下市長が脱原発を言ってるからとか、エネルギー政策で一致するからと言って、働く人々の基本的人権を無視したり、教育現場に個人の政治主義を強要することを無視できない。
仮に今、社会のエネルギー転換の大チャンスだとしても、社会の仕組みを変えていく取組みは、人、一人の尊厳を大切にしながら進めたいし、それができる人たちと行動していきたい。
どんな主義・主張も、一人ひとりの人権や尊厳を大切にすることの上での議論だと思う。この点で、私は飯田哲也という人と、その取組みを信用できなくなった。

私が高校生の頃からずっと大切にしてきたのは、人、一人ひとりの人間性だ。どんな主義主張も、まずはその人の人間性から始まると思っている。
人はいろんな弱さを持っている。私が多少なり関わった地域で、生活の為に自分の主張を曲げて「原発の金」を受け取っただろう人は多く居た。それでも、どんな人でも、共通して基本的人権を尊重されるべきで、「人としての尊厳」を持つ。この大前提の上に、「原発推進」も「脱原発」もある。
教育や行政の現場で、その尊厳や人権を守るために橋下氏に逆らっている人たちが居る。その横で、それはそれ、これはこれ、基本的人権と原発の問題は別物さ、とでも言うように、市長の特別顧問としてエネルギー政策を提言することの薄っぺらさに失望してしまう。それが彼のビジネスなのだろうか。私にとって、ある人の主張が正しいかどうかは大切だが、それ以前に、その人が人として信頼できるかどうかだ。

もっと真贋を見抜く力を磨いて、改めて環境のこと、時代のことに対して、責任のある行動をしていきたい。
……もう、だまされないぞ!

cf. 橋下市長の教育基本条例撤回に向けて活動されている人たちのホームページです。↓
http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiappeal/archives/4891183.html

2012年1月1日日曜日

新年を迎えて

2011年が終わり、新しい年が明けた。
今年こそ、いい年であってほしい。
昨年も多くの出会いがあった。けれども、辛い出会いも少なくなかった。
人と出会い、人と別れる。毎日は……その繰り返しだが、できるなら、楽しい出会いと別れでありたい。また、楽しい出会いと別れを作れるように努めたい。

新年を迎えて改めてその思いを強くしている。

日本海に沈む夕日 (能登半島・白米の千枚田近傍にて)